
【朝日新聞/社説】終戦から63回目の夏―「嫌日」と「嫌中」を越えて[08/15](332)
- 1 ■依頼頂きました。@ケツすべりφ ★ sage 2008/08/15(金) 03:29:39 ID:???
- 北京五輪第3日の10日、柔道会場に日の丸が揚がり、君が代が流れた。日本人金メダル
第1号、内柴正人選手の表彰式だ。
中国人の観衆はどう反応するだろうか。一抹の不安を覚えながら、テレビの中継画面に
見入った人もいたに違いない。観衆の多くは起立し、メダリストたちの健闘に拍手を送った。
だが、わずか4年前にはこんなこともあった。中国で開催されたサッカーのアジア杯。
日本代表の試合では観衆の大半が相手チームの応援に回り、ブーイングが浴びせられた。
中国との対戦となった決勝では、試合後、日本選手団のバスは群衆に囲まれた。
■生々しい傷跡の体験
3年前に中国各地で起きた激しい反日デモの嵐も、まだ記憶に新しい。
そんな嫌日感情がまたいつか噴き出すことはないのか。五輪で繰り広げられる熱戦を
楽しみつつも、そんな不安がなかなかぬぐえない。
中国の人々の嫌日感情が戦争の記憶に根ざしているのは言うまでもない。
万里の長城に近い河北省張家口。都内で勤務する看護師の三瓶久美子さん(29)が
青年海外協力隊員として派遣され、この街の病院で働き始めたのは3年前の冬だった。
日中戦争時代、この街は戦略的要衝として日本軍に占領され、その支配は8年間に及んだ。
「日本人がここに何をしに来た」。自己紹介を終えるやいなや、病室のベッドに
横たわっていた老人たちからあがった怒声を、三瓶さんは今でもはっきり覚えている。
「日本軍の兵隊がおれに何をしたか知っているか」。ある老人はそう言って右手と右足に
残る刀傷を見せた。「日本兵は赤ん坊を刀で突き刺し、女たちに手を出したんだ」
いくつもの病室で、老人たちから向けられた怒りに満ちた視線。戦争のことを知識としては
学んできたつもりだった。だが、その心の傷の深さは想像をはるかに超えるものだった。
それでも日々の仕事をしつつ、老人たちから当時の話を聞き続けた。次第に彼らの表情が
和らいできた。2年後に帰国する際、老人たちが心底別れを惜しんでくれたように思えたという。
(>>2〜続きます)
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